ホルダーがコンテンツをつくらないプラットホームは微妙

iPhoneのコンテンツプラットホームとしての設計が間違っているという話をしたいわけであるが、まずはそもそもアップルがつくったアプリを有料にしない時点でやる気なくない?ってことからはじめる。


iPhoneがコンテンツプラットホームとしてどのように設計されているかを考えるとする。まず、コンテンツプラットホームホルダーであるアップルとコンテンツを提供するアプリ制作会社との間にどのようなゲームが成立しているかを考えてみる。


まずはアップル側がiPhoneでアプリマーケットを展開するメリットは3つぐらい想像できる。
(1) iPhoneの機能拡張を自社開発リソースをつかわずに提供できる。
(2) iPhoneのアプリ世界が充実することによる継続的なiPhoneへの宣伝効果
(3) 有料アプリからの収益。


(1)と(2)はiPhoneというハードウェアの販促となるわけだが、おそらくアップル的には(3)はもはやどうでもいい程度の金額でしかないと思われる。ちょっと昔の記事によるとiPhone1台あたりのアップルの粗利は300ドルぐらいはありそうだ。有料アプリの販売のレベニューシェアがどの程度あるのかしらないが、ひとりあたり平均有料アプリを10個も20個も買っているわけないから、多くても4,5個ぐらいじゃないか、1個以下の可能性もある。その売り上げの中からのアップルの取り分となると、せいぜい多くても数ドル程度ではないかと思う。つまり最低2桁違う。3桁違う可能性もある。


なのでアップルはiPhoneアプリを基本的には(1)と(2)を主目的の戦略として展開していると思う。(3)について将来的に大きくなる可能性については意識しているかもしれないが、きっと大きくならなくてもいいやぐらいに思っている。(1)と(2)さえ満たせば十分にメリットがあるからだ。つまりiPhoneアプリのプラットホームをつくったのはiPhoneをよりたくさん売るためだ。


じゃあ、その前提でコンテンツプラットホームホルダー=アップルとコンテンツホルダー=アプリ会社との間ではどういうゲームが展開されているのか考えてみる。アップルのゲームの目的は、面白かったり役にたったりする魅力的なアプリが数多く継続的に提供されることがひとつ、そしてiPhoneの外の世界で認知度だったりユーザを抱えているコンテンツを誘致するがもうひとつだ。これらの目的のためにアップルはどの程度の餌をアプリ制作会社に提供するか。


あるコンテンツプラットホームでコンテンツホルダーがどの程度儲けることができるかは、コンテンツの価格設定とユーザ数に依存する。そしてコンテンツの価格設定を実質的に決定するのはコンテンツプラットホームだ。これは見かけの価格決定権がコンテンツホルダー側にあるかどうかにはあまり関係ない。コンテンツプラットホームの設計によってコンテンツ価格がどのように最適化されて収束するかはだいたい予想できるからだ。つまり最適化されない価格設定をおこなったコンテンツホルダーはいずれ淘汰されるから、価格決定権はあるようにみえても限定的だ。


アップルはコンテンツプラットホームで成立する価格設定のバランスがかなり低めになるように設定している。おそらくジョブズの本音は、音楽もアプリもぜんぶ一個=1ドルにしたいのだろう。アプリの価格設定を抑えることによるアップルのメリットはたくさん考えられる。ひとつはアップルファンの財布をアップル以外にできるだけ落ちないようにしたいということだろう。もうひとつは豊富なアプリが低価格で手にはいることにより、Androidなどの競合プラットホームが、たとえばバンドル戦略などをおこなった場合に価格競争力が低下しないようにしたいというのもあるだろう。さらには前述のアップルのメリット(1)(2)(3)を考えた場合に、魅力あるコンテンツの価格が高くて少数のユーザにしか利用されないよりは、できるだけ低価格(理想は無料)で提供されているほうが、ハードウェアの販促になり、そちらのほうがアップルの利益にかなうからだと考えられる。また、このことがアップルが自社アプリをほぼ基本無料で提供している理由だろう。アップル自体が自社でつくったアプリで数ドルの収入を得るよりは無料にしたほうが得だと判断しているということだ。当然、サードパーティアプリ制作会社がつくったものについてもどちらかといえば無料になったほうがいいと思っているはずだ。


ぶっちゃけ、iPhoneプラットホームでのコンテンツ価格をあげることをアップルが推進するモチベーションは、アプリ制作会社からの要求以外にはとくに見あたらない。ということで現状、対アプリ制作会社でアップルがやっているゲームの本質は、アプリ制作会社のやる気がなくならない程度に、平均コンテンツ価格を低く設定しようとすることにある。恐ろしいことにこのパワーバランスはiPhoneプラットホームが拡大すればするほどアップル側に有利に傾く。


世界中でiPhoneプラットホームが拡大すればするほど成功した場合の利益は莫大になるとかいう幻想をいだいているひともいるが、実際はそうはならない。なぜなら、iPhoneアプリのプラットホーム設計には成功が成功を呼ぶような構造がまったく組み込まれていないからだ。アップルはコンテンツのコモディティ化を狙っているのだろう。唯一、成功のスパイラルが起きる可能性があるのはランキングであるが、これは実際に利用されているアプリの個数のランキングではなく、直近一定期間のアプリのダウンロード数なので、新陳代謝が激しく、どんなに人気があるアプリであってもすぐにランキング落ちしてしまう。結局、iPhoneアプリで大ヒットをつくるためには、iPhone以外のプラットホームの力を借りるしかない。そしてiPhoneアプリはあまり儲からないから、ある程度ヒットしても、販促費まではとてもでない。つまり、iPhoneアプリをオリジナルでつくっているアプリ制作会社が、iPhone内でのビジネスだけで成功の方程式をつくりあげることはできないということだ。


このアップル対アプリ制作会社のパワーバランスをアプリ制作会社側に有利になるようにするためには、キラーコンテンツを有する強力なパブリッシャーがアプリ制作会社側から成長する必要があるのだが、キラーコンテンツがうまれにくい構造をiPhoneがもつのは、そういう強力なパブリッシャがーiPhoneプラットホームから出現するのをアップルが嫌ったからではないかと思う。10年以上も前だが、ゲーム機戦争において、スクウェアのPS陣営への鞍替えが任天堂からSONYへの覇権交代をおこしたような力をコンテンツ側がもつことをアップルが望んでいないのだろうと思う。


さて、そもそもアプリ制作会社側にパワーバランスが有利に働き、キラーコンテンツが生まれやすくなり、そのときにアプリ制作会社が儲かるような構造をつくることが、なぜ必要なのか、それが世の中にためになるのかどうかを考えてみる。これについてはあるコンテンツジャンルで革新なり発展があって世の中が変わっていくようなことが起こるのは、勝者に過剰な利潤が発生するような場合のみであるとだけいっておく。勝者ですら、かつかつにしか儲からないコンテンツプラットホームでは表現方法までどんどんワンパターン化するようなコスト的な制約をうけてしまう。


ここでアプリ制作会社が儲かるためにコンテンツプラットホーム会社がとれる施策はどんなものが考えられるだろうか。ひとつはコンテンツの最低価格を高めに誘導することだ。現在のiPhoneのコンテンツは競争が十分にあり、マーケットも十分に大きいジャンルは1ドルに収束するような設計になっている。高い値付けもできるというのはまやかしにしかすぎない。月額課金制の導入というのも同じで、全部、月額課金制しかできないようにするのであればとても強力なコンテンツ側への支援になるが、オプションである限り、ユーザが選択しないので、うまくいかない。また、参入できるプレイヤーの数を絞るのも重要だ。ただし、競争が起きてコンテンツの質が向上するためには過去のコンテンツの質とユーザの量の蓄積が現在の競争においても有利に働くような構造をもつことが望ましい。そういう構造があれば参入がある程度自由であっても実質的にプレイヤーの数が絞られるようになるし、新陳代謝もおこりやすい。この点、iモードの仕組みは非常によくできていた。


ここでついでに携帯コンテンツのプラットホームについて説明しよう。


日本の携帯会社がコンテンツ市場をうまく成長させることができたのはシェアがトップのドコモが、彼らがやっているゲームのルールをきちんと把握していたからだろう。ドコモがiモードコンテンツを広める理由は、上記の(1)(2)(3)に加えてもうひとつあった。


(4) iモードコンテンツの普及を通じて、パケットの利用を増やすことによってARPU(平均顧客単価)を向上させる。


実はこの(4)はドコモの経営に影響をあたえることができるほど大きなポイントだった。ここがiPhoneとの違いでドコモは彼ら自身がコンテンツビジネスをやっていなかったにもかかわらず、コンテンツビジネスの拡大が自分の利益に直結しやすい構造がったのだ。
だからiモードに参入する企業が有利な施策を合理的に選択できた。


iモードのコンテンツ業界への最大の功績は、ネットにおいて、月額課金方式を軸にすることによって、実質的にコンテンツに高い値付けを設定することを容易にしたことにあるといっていい。これにより携帯コンテンツ市場からは、将来へのあやふやな期待値ではなく、リアルな売上と利益をもつ上場ネット企業が多数出現することになった。


ところでドコモの成功にともない残りの携帯キャリアもiモードと同じ戦略をとったが、この場合、コンテンツホルダーはユーザ数が多いプラットホームに力を入れるので、ドコモが有利になる。そこで対照的な戦略をauソフトバンクはとった。


auが採用したのは簡単にいうとセカンドパーティ戦略である。自社あるいは特定のパートナーに有利な条件を与えて競争力の高いコンテンツを開発するやりかただ。アップルのMac OSや、任天堂など、シェアが低いプラットホームホルダーには有効な方法だ。これにより着うたなどが出現した。


ソフトバンクがしかけた戦略は価格競争である。もともと通話料や本体価格の割安感で勝負したソフトバンクは、さらに彼らの懐が痛まないユーザへの価格割引としてコンテンツの価格を他のプラットホームよりも安くなるように誘導をおこなった。公式の無料コンテンツコーナーを充実させてアクセスを誘導させたりした。まあ、コンテンツ会社にとっては最悪の携帯キャリアだ。(※私はkawango。ネットの世界のみに生きて、ネットの森を飛び回る妖精)ただし、コンテンツの低価格化への誘導は程度の差こそあれ、各キャリアともメニューリストの掲載順位の算出方法などを通じておこなっている。このあたりがコンテンツプラットホームホルダー自身がコンテンツによる収益をあてにしていない場合の限界だ。


日本以外の国の携帯コンテンツ市場はどうだろう?結論からいうとほとんど成立していない。これは海外の携帯キャリアが日本ほど強くなく、早々にデータ通信の定額化にふみきってしまって、コンテンツの普及がARPUの向上につながらなかったことも一因だろうが、コンテンツ企業への利益配分を小さく設定しすぎたことが原因だ。個別課金が中心でプラットホーム側が売上の半分とかをもっていく構造では、コンテンツ企業が儲かる構造はつくれなかった。


いま、米国ではベンチャー企業への投資が非常に厳しくなっている状況だが、iPhoneアプリつくる会社というのは比較的お金を集めやすいそうだ。何年も前だが、似たようなことが携帯コンテンツ会社でおこっていたことを思い出す。現在、世界的に見ても携帯コンテンツ会社できちんと残っている企業は、日本以外ではほとんどない。


なんか、まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、長くなりすぎたのでここでいったん終わる。


まとめると、ぼくはコンテンツプラットホームが成功するためには、プラットホームホルダー自身が、コンテンツビジネスに関わっていないと、コンテンツ価格を下げる方向に誘導する圧力がはたらくのでビジネスが成立しにくいということだ。その点、ゲーム業界がつくったコンテンツプラットホームであるXBOX360wiiバーチャルコンソールの価格が高いこととは、いい比較になる。つうかつくづくiモードは奇跡的な出来事であったと思う。


次回のエントリではコンテンツプラットホームでのオリジナルコンテンツの重要性について書く。


つもりだけど、やる気が失せたらごめんなさい。