コンテンツプラットホームとしてのiPhoneの設計は間違っている

いま、ベンチャー企業iPhoneアプリをつくることが流行っているようだ。


iPhoneであれば世界相手にビジネスがリスクも少なく挑戦できると考えているひとが多いようだ。


こういう消去法的に戦略を選択することは危険であると、このブログの最初のほうに


貧乏子沢山なWEBサービスという戦略


というエントリで書いた。



今回はiPhoneアプリのコンテンツビジネスがなぜ可能性がないか、同じ問題を抱えるXBOX360wiiなどのゲーム機でのダウンロード販売についてもあわせてくわしく説明する。


とまあ前置きを書いた段階でだいぶ眠くなってきたんで、詳しくじゃなくて、かいつまんだ要点だけいう。


いいたいこと


・ コンテンツプラットホームではヒットコンテンツが十分にもうからないとダメ。
・ ちなみに儲かるクリエイターが存在できることではなく、たばねるパブリッシャー的な存在が儲かることが成立する必要がある。
・ プラットホーム上でプロモーション手段がなさすぎる。
・ ヒットしたときにコンテンツプロバイダー側にブランドとユーザが蓄積する構造が必要
・ オリジナルコンテンツではなく、既にあるコンテンツの2次利用と競争させるプラットホームでは既存の大企業のコンテンツホルダーが有利。(正確にはそれすらも微妙だけど)


ちゃんとした議論をはしょって説明すると、


世の中で流行っているコンテンツプラットホームというのは例外なく、ヒット作品をだすと作家なり出版社がめちゃくちゃ儲かるようになっている。そもそもヒットしてもたいしてもうからないコンテンツプラットホームにコンテンツホルダーが参入してもしゃーない。
将来的にiPhoneプラットホームが拡大したら、変わるんじゃないか?というとそうはならないバランスで現在のiPhoneのコンテンツプラットホームは設計されている。プラットホーム側(アップル)とコンテンツ側との利益配分は表面的な金銭の分配率だけで判断するべきではない。ブランドだったりユーザのロイヤリティだったりの、潜在的な力関係をきめる部分が、プラットホーム側だけに蓄積して、コンテンツ側にたまらない仕組みになっているのが問題。そこをコンテンツ側にもっていくためにはパブリッシャー的存在が力を持つ必要があるが、まず、もうからない時点でアウト。また、コンテンツのプロモーション手段がiPhone内に存在していないことも大問題。PCと連携するならそれでもいいが、そういった方向へ進化させる気もなさそう。ヒットしたら、継続してヒットをだしやすいアドバンテージが利益なりブランドなりといったかたちで蓄積できないとパブリッシャー的存在は育たない。あと、既存のコンテンツの再利用・移植と競争しなくちゃいけないマーケットでオリジナルコンテンツをつくるのは収益構造的にとても無理がある。

以上、要望が多ければきちんと書き直す。